書評 Under New Management: How Leading Organizations Are Upending Business as Usual
なぜ、こんなにも閉塞感が漂うのだろうか?
それは、日本に限ったことではない。よく引用されるギャッロプの調査によれば、仕事に積極的に従事している勤労者の割合は、世界142ヵ国平均で全勤労者の13%にすぎない。9割弱の人が、仕事を単に流している、しているふりをしている、あるいは、積極的にサボっている状態にある。アメリカでは、積極従事の割合は高くなるがそれでも30%未満である。生憎、日本の数字はないが、多分、日本人気質として、真面目に仕事に取り組んでいる、責務は果たしている、あるいは少なくともそう思っている人の割合は高いが、やる気満々に、積極的に仕事に取り組み、成果を出している人の割合は限られると思う。アンケート結果は、質問の設計や地域特性によって、大分ブレが出てくるので、この数字自体でどうということでもないが、個々のヒトの能力が十分に引き出されていない、それも、残念なくらいに引き出されていないというのは、肌感覚としてもあっていると思う。
もちろん、積極従事の割合が低いのは、いろいろな理由があると思う。個々の社員の責任というより、組織として勝てる戦略が描けていないかもしれないし、社員を鼓舞し戦略を完遂するリーダーがいないということかもしれない。個々人のレベルで言えば、日々の仕事が本当に役立っているのか分からなかったり、望まない部署への配属というのもあるだろうし、頑張っても褒めてもらえないみたいなことをいう人もいるかもしれない。あるいは、仕事はできるが、利害関係者が多く、社内調整に忙殺されて、疲弊してしまったというケースもありそうだ。本書では、その理由を旧態依然たる組織の仕組み、マネジメントのやり方に求めている。具体的には、個々のヒトの力を十分に引き出し、生産性を著しく向上させている先進企業を調査し、彼らの取り組みを、従来のビジネス常識を根底から覆す13の施策としてまとめている。
著者は、David Burkusという大学助教授。象牙の塔の壁を壊し、リーダーシップやイノベーション、組織行動についての学問の世界での研究を、実社会で使える形にして広めることをライフワークとしている。Radio Free LeaderというPODキャストも出していて、毎回、いろいろなゲストが来るので、興味があれば、聴いてみると面白いと思う。
彼がまとめたビジネス常識を覆す13の施策とは下記のとおりである。
- emailチェックを禁止、少なくとも時間限定で禁止せよ
- 社員が第一、顧客は第二に位置づけよ
- 有給を許可無く、無制限に取得することを認めよ
- 辞める人にボーナスを支給せよ
- 誰がいくらもらっているか、給与情報を公開せよ
- ライバル会社に転職し、競合するなという競合避止条項を廃止せよ
- 毎年行われる人事考課を廃止せよ
- 新たなメンバーは、チーム自ら採用させよ
- 組織図は、鉛筆書きで臨機応変に書き直せ
- オープンアドレスのオフィスは閉鎖せよ
- 長期休暇(サバティカル)を取得させよ
- 管理職をなくし、ボス無し組織を作れ
- 会社を去る人をお祝いして送り出せ
本書では、それぞれの施策について、複数の先進企業の事例を用い、学問の世界での研究も踏まえ、なぜ効果があるのかという点を解説している。それぞれ興味深い取り組みだとは思うが、こういう話をすると、日本人は働き過ぎだから、サバティカル(長期休暇)を取り入れたほうがいいとか、いいやいや、それは日本では無理だとか、表面的な議論になりがちな気がする。欧米の先進企業が取り組んでいるから、日本も施策レベルで取り入れようというのでは、うまく行かないと思う。自己の権利主張や、既得権益の拡大に、部分的に使うのであれば、意味がない。大切なことは、これらのすべての取り組みは、全体の組織の仕組みの中で、費用対効果が高く、社員と顧客と会社が三方良しの関係になっているということである。それらの施策が、どういうメカニズムで効果が出ているのか、それを日本の仕組みの中で捉え直すとどういうことができるかを考えることが大切だ。
これらの施策の根本にあるものは、人の知恵や判断、やる気を引き出すためのものであり、まとめると下記のようになると思う。
- チーム単位で、多方面にいろいろお伺いを立てずに、自律的に動けるようにする
- チームに関わる大切な決定、自分たちの仕事の成果に影響することは当事者に決めさせる
- 自分の仕事のスタイルにあうように仕事の環境(働く場所や時間)をコントロールできるようにする
- 会社を超えて、国を超えて、人と人が繋がることを促す
- 気が散る要素を抑え、集中して頭が使えるまとまった時間を創る
考えてみれば、13の施策レベルでは斬新で目新しく聞こえるが、この背景にある考え方は、日本が大切にしてきた人を中心に据える人本主義そのものだと思う。リーン生産方式というのも、ムリ・ムダ・ムラのない効率的な仕組みというのもあるかもしれないが、人の知恵を現場レベルで継続的に引き出す仕掛けと考えたほうがよいと思う。どちらかといえば、性悪説に基づき、短視眼の経済合理性でメカニカルな管理に突き進んできたアメリカが、ヒトを最重要な資産として活かす、人本主義に向かう萌芽が出てきている中、ヒトを大切にしてきた日本企業が、グローバルスタンダードだと、短視眼的な経済合理性を強く求める欧米流のマネジメントプラクティスを導入するみたいな状況になっているのだとすれば、それは、残念なことであり、かなり皮肉なことである。とはいえ、十把一絡げに日本とくくって、批判しても仕方ないし、個社のレベルでは面白い取り組みもでてきているのではないかと思う。最近視た星野リゾート社長のプロフェッショナルの流儀は、まさにチームをベースとした組織設計であり、本書で紹介されていることとの共通点も多い。星野社長の社員が主役、社員のやる気を引き出すマネジメントには大いに共感する。他にもそういう面白い事例があるかもしれない。今は異色の経営と言われているかもしれないが、適材適所で、人材を会社を超えて繋いでいくような仕掛けや、人のやる気や潜在能力を引き出す革新的な設計思想の組織やマネジメントが未来の当たり前になっていく、あるいはしていかなければならないと思う。