才能の謎を解く

書評  The Talent Code

本書のタイトルは、「ザ・タレント・コード」という。
10年以上前に「ダ・ヴィンチ・コード」という世界で累計8,000万部を売り上げ、映画化もされたベストセラー小説があったが、コードとは、「暗号」という意味で、タレント・コードとは、才能がどうプログラム化されているか、その暗号を解読しようという意図で付けられたのだと思う。「才能の暗号」といっても、今ひとつ意味がわかりにくいので、単純に「才能の謎を解く」とした。

「才能の謎」とは、意訳すると、こういうことのようだ。
才能とは、知っていることとか、思っていることとか、言っていることとか、そういうことではなく、最終的には行動の質によって決定づけられる。野球のバッターで言えば、結局、立派な打撃理論の講釈ではなく、打ってナンボということだ。行動とは、つまるところ神経回路を流れる電気信号の結果である。お、そうきたかという感じだが、正しいタイミングで正確な行動をとれるように絶妙なタイミングで電気信号を送る、そのことが行動の質、引いては才能を決定するということだ。そこで重要な役割を果たすのが、神経回路を包む絶縁性のミエリンと呼ばれる脳内白質である。銅線に例えて言えば、銅線そのものは神経回路、それを被覆したビニールがミエリンというイメージだ。このミエリンが多く存在すると、必要な電気信号が他から遮断され、それを送るスピードをコントロールし最適化することができるということのようだ。要するに、ミエリンの量を増やすことができれば、行動の質、つまり才能を高めることができるという理屈だ。

ミエリンとか電気信号とか神経回路というと小難しく感じるが、才能が漠然としたものでなく、才能そのものでないとしても、その大きな決定要因であるミエリンが、X線などで物理的に観察できるというところが面白い。実際に、ミエリンの量と技能の高さの相関関係は科学的にも証明されているようだ。

では、どうすれば、そのミエリンの量を増やすことができるのか?

それは、深い鍛錬、Deep Practiceによるという。深い鍛錬とは、能力の限界、できるかできないかというぎりぎりのところで、試行錯誤を繰り返しながら、間違いを修正していくプロセスと定義される。

深い鍛錬には、3つの守るべきルールがある。

ルール1:技能をマスターできる最小限の塊(チャンク)に分ける

まずは身につけたい技能の全体感を掴む。何度も観察したり、傾聴したりすることで、自分が行動をしていることがイメージできるようになるまで、全体感を身につける。技能のイメージなしに始めることは大きな間違いである。次に、その技能を個々に学べる単位まで分ける。その単位のことをチャンクと呼ぶ。まずは、個々の単位(チャンク)をマスターし、それを有機的につなげることを学ぶことで、高度な技能が習得可能となる。注意しなければならいのは、一つ一つの単位を素早く行うことを目指すのではなく、一つ一つの単位をゆっくりと行ってもいいので、正しく行えるようにすることである。ゆっくり行うことで、細かい点にも注意が行き届く。

ルール2:繰り返す

神経回路を機能アップさせるためには、繰り返しが重要である。行動を起こし、電気信号を繰り返し発生させ、間違いを修正することが正しい神経回路をミエリンで包む最も効果的な方法だ。どんなに話しても、考えても、本を読んでみても、想像してみても才能は伸びない。意図のある繰り返しの行動が、神経回路をつくり、ミエリンを増加させる。それが技能を伸ばす唯一の方法であり、ミエリンの量が最適な行動を無意識にできるようになる要因だ。実際、練習量とミエリンの量には相関関係がある。Practice makes perfectの科学的な裏付けとも言える。

著者は、スーパースターの才能をなくすためには何をすればよいか?という問いを出している。その答えは、1ヶ月練習をさせないことだそうだ。イチロー選手といえば、オフでも休みなくトレーニングを続けることで知られているが、以下のようなコメント残している「一度、試したことがあるんです。休みをとることが助けになるか確かめたくて、1ヶ月ワークアウトを行わなかったんです。そうしたら、自分の身体のように感じなくなってしまいました。身体があたかも病気になったかのように。」神経回路は一度作るとなかなか壊れないが、ミエリンは使わないと弱体化することが知られている。イチロー選手の違和感は、ミエリンの減少によるものとも解釈できる。ある著名なピアニストは、「一日練習をしなければ、自分が気づく、2日練習をしなければ、妻が気づく、3日練習をしなければ、世界が気づく」といっている。これも同じことのように思う。才能のある人が、第一線から長期間退いて、復帰することが難しいのもそういう理由による。練習をしなくなるとミエリンは減少する、あるいは退化する。年齢を経てからもミエリンを増やすことはできるが、成長期のほうがミエリンを作ることが容易である。年齢を経ると同じ量のミエリンを作るのにより多くの鍛錬を必要する。つまり、ぎりぎりのところで戦っていたことを長期間やめることは大きな代償を伴うということだと思う。

才能を伸ばすには繰り返しが必要であるが、闇雲に何時間もやればいいというものではない。技能の限界のぎりぎりのところで、注意深く、試行錯誤を繰返しながら、間違いを修正していく、そのことが大切だ。グローバルクラスの一流のプレイヤーを調べてみた所、技能にかかわらず、一日3時間から5時間というのが神経を集中して練習できる時間の限界のようだ。

ルール3:間違いに気づく感覚(違和感)を身につける

効果的に練習するためには、どこを訓練するのか最適な部分を決めることが重要である。そのためには、間違いに気づく感覚を身につけることが大切だ。うまく行った時のイメージを具体的に持ったり、意識を集中することで、違和感を覚えることを学ぶ。それは、練習中の表情を見ればわかるという。練習中につまったり、苦い表情がでていれば、違和感を身につけているということだ。

以上3つのルールがDeep Practice、深い鍛錬を行う上で重要なことである。このようなことは、よく言われることであるし、頭では理解できるが、実際は、言うは易し、行うは難しである。以下では、深い鍛錬を支える二つの重要な点を見ていきたい。モチベーションを如何に保つかという点と、師匠あるいは熟練のコーチ、マスターコーチの存在だ。

深い鍛錬を継続するためには、エネルギー、情熱、コミットメントが必要である。つまり、モチベーションを高め、継続させる燃料が必要だ。燃料を生み出すきっかけとなるものには、いくつかある。

まず最初に、「あいつにできるのなら、俺にもできるのではないか?」というものだ。ある地域から一人の成功者が出ると、その地域から次々と成功者がでるということがある。あるいは破ることができないと言われていた記録が破られると、次々と記録を更新するものが現れるということもある。例えば、野茂選手が大リーグで成功したことが、大リーグを目指す情熱に火をつけるというようなことだと思う。あの人のようにと、具体的にイメージできる成功例がいるとモチベーションを保ちやすい。

次に、心の持ちよう、覚悟があるそうだ。
音楽初心者向けの授業で楽器の演奏技能が早く伸びる生徒もいれば、伸びない生徒もいる。何が決定要因なのか?そのことを9ヶ月にわたり詳しく追跡調査した結果がある。それは、知能指数なのか?聴覚か?数学の学力か?リズム感か?感覚運動能力か?家の所得水準か?いろいろな視点で検証してみたが、その答えは、全て否であった。ところが一つだけ有意な結果が出たものがあった。レッスンを始める前に聞いた単純な質問に対する答えが、その後の成長を大きく左右したことがわかったのだ。その質問とは、「あなたは、これから習う楽器を、今後どれくらい長く演奏するつもりですか?」というものである。もちろん急に聞かれても、すぐには答えにくい質問だが、何度か掘り下げて聞いていくと、しっかりとした答えが返ってくるそうだ。その質問と技能レベルの相関関係を調べてみると、同じ練習量であっても、長く演奏すると答えた人の成長スピードが速く、また、長く演奏すると答えた人ほど、練習量が増えると累乗的に成長スピードが上がるということがわかったのである。英語の習得スピードも、1,2年で日本に帰国すると思っている人と、ここで生き延びねばならぬと思っている人では、大きな差異がでているように思う。

しかしながら、僕にも出来る、こうなりたいと思うだけで良いほど単純ではない。将来こうなりたい、だから、今は、これを死に物狂いでやる、そういう要素も効いてくる。多くの優秀な人材を輩出した場所は、実は、恵まれた環境でないことが多い。逆に劣悪だったりすることもある。快適な環境というものは、往々にして、もう一歩の努力を妨げる。僕には、これしかないという、これでは生きていけない、後もないというような切羽詰まった状況が深い鍛錬を継続する原動力だったりする。

原動力を生む要因は、将来の有りたい姿や、生活が脅かされるような逆境だけではない。自分は恵まれている、選ばれた人であるという思いが、モチベーションになることもある。
1980年代前半、ハーレムの公立学校に転勤してきた若いバイオリンの先生の話がある。彼女は、どんな生徒でもバイオリンを学ぶことができるという信念のもと、荒廃した学校の生徒にバイオリンを教えようとする。しかし、バイオリンの数には限りがあり、多くの生徒を教えることができなかった。そこで、くじに当選した人だけがバイオリンを学べるようにしたのである。くじに当たった、自分は幸運である、自分は選ばれたということが、モチベーションに大きな影響を与え、素晴らしい成果をあげたとのことだ。ちなみに、この話はMusic of the Heartという映画になっているそうだ。

モチベーションを高める上で、師の存在も忘れてはならない。世界一線級の能力持つ人は、どういう人から教えを請うたのか?意外なことに、彼らは、一線級の人から学び始めたのではなく、その6割以上が平均的な技能の先生から学び始めている。その平均的な技能の先生を調べてみると、モチベーションを高めることに長けた先生であったということが共通項であった。習い始めの頃は、一線級の技術よりモチベーションが重要であるということだろう。

師、先生、コーチの役割はモチベーションを高めることだけではない。
特に、何が正しく、何が正しくないかとういう的確なコメント、フィードバックを行うことが大切である。マスターコーチ(熟練の師匠)を調査したところ、予想に反し、寡黙で控えめな人、かつシニアな人が多いとのことだ。持論を述べたりするのではなく、練習に参加し、短く的確なコメントを行う。有能なコーチの発言を分析したところ、コメントの6.9%は、褒める言葉、6.6%は不満を表す言葉、75%は、間違いを修正するための的確な情報提供であったそうだ。マスターコーチに共通する特性を整理してみると以下の4つにまとめることができる。

  1. 習得に必要な技能に対する知識の土台がしっかりとしていることがあげられる。マスター級のコーチは、その分野で有望な人材であったが、成功しなかった人に多い。なぜなら、なぜ自分はうまく行かなかったのかを深く考えるからだ。
  2. 個人の特性を洞察したり、習得者の反応を観察することで、学んでいる人がどの程度わかっているのか、身についているのかを見極める、そういう知覚力が重要である。
  3. 求められる技能という目的地とと現在の技能レベルという現在地のギャップを埋めるために、GPSのようナビゲートする能力である。
  4. 芝居がかった正直さ。これはよく分からなかったが、学んでいる人にフィードバックをうまく染み入るようにするための技術ということだと思う。

面白かったのは、すべての技能について、師匠は、つきっきりでこまめに行動を指導・修正するということではないとういことだ。例えば、フットサルのコーチは、セットプレイの確認をした後は、プレイ中は、めったにコメントはしないらしい。一方で、バイオリンのレッスンは、全く異なる。とある学校では、バイオリンと弓の持ち方をマスターするまでは演奏することは許されないという。学びのプロセスが厳格に100%プログラム化されていて、自由に演奏することなどゆるされない。指導方法の違いは、どういう技能を身につけるかによる。フットサルは、状況に応じ、その場で的確に判断し、素早く柔軟な行動をとることが要求される。一方で、バイオリンの基礎は、正確なコードを正確に弾く。したがって、正しいやり方で正確に信号を発することがより求められるということだ。つまり、技能の種類により、深い鍛錬のやり方が異なるということである。この視点はとても興味深い。技能にどういうタイプがあり、各タイプに対し、どういう深い鍛錬をすることが望ましいのかというところまで踏み込めていれば、更に役立つのではないかと思う。

以上が、本書を自分なりの解釈も混じえ整理したものだ。改めて深い鍛錬と言われなくても、日本には守破離という考え方もあるし、日本人は基本的に深い鍛錬の重要性は理解していると思う。しかしながら、世の中で求められる才能と学校で磨くことができる才能に大きな差異が生じている。しかもその差異はどんどん広がっているように感じる。答えのあるものの解き方や、Aと言えばBというような記憶に頼る回路をどんなに鍛えても、その程度のものは、ほぼ確実にAIやロボットに置き換えられてしまう。もちろん現在の教育の全てを否定するつもりはないし、基礎学力の部分は大切であると思うが、複雑な問題を解決するとか、世の中にないものを創るとか、グループで、新しいものを築き上げるとか、国籍、人種、宗教などいろいろな違いを乗り越えて理解しあい、尊重し合い、解決策を見出すとか、そういうことが益々重要になってくると思う。日本は、受験技能のミエリン量では、世界トップクラスであることは間違いないが、何を鍛錬するのか?そういうことが大切だと思う。どう鍛えるか、深い鍛錬は比較的対応できるように思うな。職人技を愛でる文化だし。

JinK.

 

 

 

 

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