エジソンの仕事場:発明ファクトリー

’メンローパークの魔術師’、そう呼ばれていたエジソンの仕事場をずっと見てみたかった。

メンローパークというと、スタンフォードのキャンパスやフェイスブックの本社があるカリフォルニア州の都市を思い浮かべる方もいらっしゃるかもしれない。しかし、エジソンのメンローパークは東海岸、ニューヨークに隣接するニュージャージー州にある。しかも、シリコンバレーのメンローパークにちなんでつけられた不動産開発区域のことで、市町村名ですらない。うまく行っていない不動産開発区域に目をつけ、そこにエジソンが家と研究所を構えたということのようだ。てっきりエジソンのメンローパークにちなんで、シリコンバレーの都市名がつけられたのかと思っていた(もちろん、シリコンのほうがずっと後なので)が、その逆だった。研究所の設立は、1876年(明治9年)、彼が29歳のときだ。(ちなみに、エジソンは、21歳のときに初めて特許を取得し、22歳で、株式相場の自動表示機の特許を売り、億万長者になっている)

’メンローパークの魔術師’というくらいだから、メンローパークには、さぞかしエジソンの発明の数々を支えた素晴らしい研究施設、仕事場が残っているのではないかと思っていたが、現在は、とても小さな博物館と記念塔があるだけである。ここで白熱電球が発明されたのかとイマジネーションを広げ、京都の孟宗竹が電球実用化の鍵だったとノスタルジアに浸るにはいいかもしれないが、残念ながらそこには見るべきものはほとんど何もなかった。天気は良くて心地よかったけれど。

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メンローパークにほとんど何も残っていないのには理由がある。というのは、エジソンは、1887年(明治20年)にメンローパークを去り、ニュージャージー州のウエストオレンジに家と研究所を移したからだ。’メンローパークの魔術師’というくらいだから、ずっとメンローパークにいたのかと思っていたら、そうではなかった。亡くなる1931年まで、その研究所で働いていたので、メンローパークには11年、ウエストオレンジには44年いたことになる。メンローパークでは、電話機、蓄音機、電球、発電機、ウェストオレンジでは、改良型蓄音機、映写機などの発明がある。エジソンの発明には、いろいろと誹謗中傷もあるが、電話業界、電気業界、音楽業界、映画業界を生み出す礎の一部を築いた功績は大きいと思うし、やっぱり’エジソンは偉い人♪’だと思う。ウェストオレンジで執り行われたエジソンの葬儀の映像が残っているが、そのときに映っている建物や調度品、絵画等がほぼ当時のままに残っている。10年ほど前に1,300万ドルの費用をかけ改装され、Thomas Edison National Histrical Park(リンク参照)としてオープンしており、こちらの研究所はかなり充実している。興味がある人には一見の価値があると思う。マンハッタンからは、車で40分くらいで行ける。

余談ではあるが、なぜ、ウェストオレンジに移ったのかということが気になって、メンローパークにあるほうの小さな博物館の学芸員に聞いてみた。メンローパークの研究所が手狭になったということもあるようだが、どうも再婚した奥さんが理由らしい。前妻は労働者階級の出身で、メンローパークも労働者階級が住む地域。彼女は体が弱く29歳の若さで他界してしまった。その2年後にエジソンは、有名な発明王の娘と再婚。再婚相手は富裕層の出身でメンローパークに住みたがらなかったということが、移転の大きな要因になったようだ。確かに再婚した翌年にウエストオレンジに移っている。Happy wife, Happy lifeということだろう。

前置きが長くなってしまったが、なぜ、エジソン、そしてその仕事場に興味があるかといえば、それは、彼が庶民の出身であること、エリート教育を受けたわけではなく、独学の人であること、それに、最も重要なことは、チームをベースとした組織、発明ファクトリーを創ったことに興味があったからだ。発明家というと孤高の研究者を思い浮かべる人もいるかもしれないが、ウェストオレンジのエジソン研究所には、200名以上の人が働いていて、10〜20の小さなチームに分かれ、仕事をしていた。全ては、アイデアをプロトタイプにし世に出せるモデルまで開発することに心血を注ぐ異能チームだ。そのため、エジソンの発明組織モデルを、Collective Genius(集合天才)と呼ぶこともある。

3階建てのレンガ造りのメインビルディングの入り口を入ると大きな柱時計があり、そこでタイムカードを打てるようになっている。エジソンも毎朝タイムカードを打っていたようだ。入り口を入ってすぐの右手に、ライブラリに入る入口がある。

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ライブラリは3階まで吹き抜けになっていて、大きな時計とエジソンの自画像があり、その前に彼が使っていて机が展示されている。エジソンはよく3時間しか眠らなかったと言われているが、短い仮眠を効果的に取っていたようで、図書館の中に仮眠用のベッドもあった。考える部屋、アイデア出しの部屋といってもいいと思う。

 

1階には、さまざまな部品、材料が置かれている貯蔵庫(材料の中には、亀の甲羅とかもあった)と重機械系のマシンショップ。2階には、アイデアをカタチに落とし込む製図室、エジソンの実験用のオフィス、精密加工用のマシンショップ。3階には、音楽室、蓄音機ギャラリー、プレス向けに使う写真室、あとは、発明品の数々が展示されていた。別棟に、化学研究室等がある。研究所というよりも、アイデアをカタチにし、世に出していくための発明品を創ることに最適化され、機能的にデザインされた組織、発明ファクトリーと呼んだほうがいい。

デジタルテクノロジーの進化が組織のあり方に大きな影響を与えるようになってきている。テクノロジーと人をどう組み合わせて新しい働き方を創っていくのか、そういう試行錯誤がこれからどんどん出てくるだろうし、機能分化階層型組織ではなく、異能チームをベースとした組織はもっと広がっていくだろう。時代は大きく異なり、そのままでは適用できないとは思うが、エジソンのチームをベースとした創造する組織から、インスピレーションを得ることも悪くない、そう思った。

JinK.

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